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東京高等裁判所 昭和54年(う)1493号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、浦和検察庁検察官検事杉村周二作成名義の控訴趣意書及び東京高等検察庁検察官検事長尾喜三郎作成名義の控訴趣意書(補充)に各記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人土谷明作名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

一所論は、法令の解釈・適用の誤りを主張し、原裁判所は、罪となるべき事実として、公訴事実と同一の事実を認定したうえ、「被告人を懲役四年に処する。未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。」旨の判決を言い渡したが、右未決勾留日数九〇日のうち、本刑に算入することのできる日数は、八七日であつて、残りの三日は、起訴されていない住居侵入の被疑事実について発せられた勾留状による勾留日数であるから、本刑に算入することが許されないのに、原判決が、この点を積極に解して、右三日の勾留日数まで加え、九〇日を本刑に算入したのは、刑法二一条の解釈・適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

二そこで、記録を調査して検討すると、関係資料によれば、被告人に対する勾留状の執行の経過は、次のとおりである。

(一)  被告人は、昭和五四年二月一五日、住居侵入罪を犯したとして、現行犯逮捕された後、同年同月一七日、窃盗目的による住居侵入の被疑事実について発せられた勾留状の執行を受けて勾留され、同年同月二六日、「余罪を含め、更に捜査を遂げなければ、起訴・不起訴等の適切な処分を期し難いため」との理由によつて、右勾留状による勾留期間を同年三月八日まで延長され、即日、執行された。

(二)  被告人は、同年三月二日、常習累犯窃盗の罪(原判決の「罪となるべき事実」別紙犯罪一覧表番号5、7の事実を内容とするもの)につき、勾留中求令状の手続によつて起訴され、同日、右公訴事実についても勾留状が発せられ、即日、その執行を受け、同年四月二五日、右勾留状による勾留期間を同年五月二日から更新する旨の決定がなされた。

そして、原裁判所は、昭和五四年五月二八日、常習累犯窃盗の罪(後に訴因追加されたものを含む。なお、前記住居侵入の事実は、結局、起訴されなかつた。)により、被告人を懲役四年に処したうえ、未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する旨の判決を宣告した。

以上によれば、原判決は、所論のとおり、常習累犯窃盗の事実について発せられた前記(二)の勾留状による未決勾留日数八七日に、起訴されなかつた住居侵入の事実について発せられた前記(一)の勾留状による勾留日数のうちの三日を加え、これを合せた九〇日を本刑に算入したものであることが明らかである。

三ところで、刑法二一条の立法趣旨にかんがみると、同条により、本刑に算入することのできる未決勾留日数とは、本刑を科せられた公訴事実、または、これと併合審理された公訴事実のいずれかについて発せられた勾留状による勾留日数のほか、これらの事実と法律上一罪の関係を認め得る限り、起訴されなかつた事実について発せられた勾留状による勾留日数をも含むものと解するのが相当である。蓋し、勾留状記載の被疑事実が、起訴状記載の公訴事実と法律上一罪の関係にある限りは、勾留状記載の被疑事実そのものが起訴されなくとも、右勾留状による被告人の勾留が継続され得ることは明らかであるところ、このような場合に、当該勾留状による未決勾留日数を本刑に算入することについては、何ら問題を生ずる余地のないことにかんがみれば、起訴の際に、従前の勾留状が、その被疑事実と法律上一罪の関係にある公訴事実による新たな勾留状に切り替えられた場合においても、これが切り替えられなかつた場合と同様、従前の勾留状による起訴前の勾留日数を本刑算入することが許されるものと解することは、刑法二一条の規定が衡平の覧念に基づくものであることに照らして、その趣旨に反しないものと考えられる。

四そこで、本件の場合、前記二の(一)の勾留状記載の被疑事実すなわち窃盗目的の住居侵入の事実と、同じく(二)の勾留状記載の事実、すなわち本件常習累犯窃盗の事実とが、法律上一罪の関係にあるか否かについて検討してみるに、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律三条に該当する各窃盗罪(窃盗未遂罪を含む。以下同様)は、常習累犯窃盗の罪として、いわゆる常習一罪を構成するものであることはもとより、これらの窃盗罪の手段として犯された住居侵入の罪が、右常習累犯窃盗の罪と法律上一罪の関係にあるものと解すべきことは、論を俟たないところ、本件の住居侵入のように、目的たる窃盗の着手にまで至らなかつた場合、これが、かりに起訴されたとしても、右住居侵入の罪を、当該被告人に関する常習累犯窃盗の罪とは別個の罪として処断することは、窃盗の着手にまで至つた場合と比較して、併合罪加重による処断刑の著しい不均衡を生ずることとなつて、不合理であるばかりでなく、同条が、当該犯人の行為前の一定期間内における同種前科の執行関係を要件としたうえで、常習性の発現と認められるすべての窃盗罪を包括して、これに対する刑罰を加重している立法趣旨と、同法律制定の経緯・目的、同法律二条の規定の体裁及び右両規定の関係等を勘案すれば、同法律二条の場合と同様、右常習者の犯した窃盗目的の住居侵入は、目的たる窃盗が、その常習性の発現と認められるべきものである限り、これを、同一人に対する常習累犯窃盗の罪とは別個の罪として評価する理由に乏しく、いうなれば、当然に、同法律三条の構成要件的事実に包含されているものと解されるのであつて、右の住居侵入と常習累犯窃盗は、法律上一罪を構成するに過ぎないものと解するのが相当である。そして、本件住居侵入は、被告人において、窃盗の目的でこれを敢行したものであり、右窃盗が、被告人の常習性の発現と認められることは、記録上明らかである。

五以上のとおりだとすると、所論指摘の勾留日数三日は、被告人が本刑を科せられた公訴事実と、法律上一罪の関係にある被疑事実について発せられた勾留状による勾留日数であるから、これを本刑に算入することは許されるものと解すべきであり、したがつて、原判決には、所論のような刑法二一条の解釈・適用の誤りは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(綿引紳郎 藤野豊 三好清一)

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